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「Jyunshiへの道〜■養成講習会■」
1998-1999シーズンの養成講習会の印象は.....りかいふのう....いみふめい.....であるが「だんこ3兄弟」のメロディーに尽きました。菅平高原スキー場といえば、もちろんこの曲
滑ろぉ〜滑ぇろうよ。菅平ぁぁぁ♪と言うフレーズでお馴染み「菅平音頭」

な訳で.....。

しかし今年は「流行り」ということもあり『だんご』が1日に100回くらい流れていたような気がしないでもない。おかげで
『だんご3兄弟』を聞くとプルークボーゲンをしてしまう

という、まるで「パブロフの犬」状態.....(屍)。

−−−

本題に戻っての「指導員養成講習会」の感想をば。
なぜだか.....私の場合.....1997-1998シーズンも養成講習会を受けていた....まあ勉強熱心....ではなくて....

ということもあり「講習の流れ」はガッチリキャッチ.....しているつもり.....とは思ったが、1998-1999シーズンもここに来ているということは.....まあ、本当の意味で講習を理解していなかった....ということになるのではないかと.....(屍)。

1997-1998シーズンは講師の方に言われたことを、
忠実に演技できるか

が自分への命題だったが、1997-1998シーズンに検定に失敗していることもあり、同じことをやっていては、また同じ結果になりそうだったので、1998-1999シーズンは
自分で指導員養成講習会までにトレーニングした演技の良し悪しを講師に判断してもらう

という作戦とする。1997-1998シーズンの「受身的な講習」からの脱皮。私にとっては『思い切った選択』であった。

−−−

>>>>> 第1回目の指導員養成講習会

1回目は3日間であるため、しっかり、くっきり、はっきり、しゃっきり練習することができる。

次回と今回の都合5日間....一緒に受講する班のメンバーと初顔合わせ.....1997-1998シーズンに一緒に講習を受けて、一緒に悔し涙を流した知り合いを発見し
「1998-1999シーズンの健闘を誓い合う」。



他のメンバーはみんな同じ顔に見える.....見えた....すまぬ。

追々覚えて行こうと思う。なにせ2回の指導員養成講習会で計5日間も一緒に滑ることになるから

今から考えるとこの養成講習会で知り合ったスキー仲間は、私のスキー人生の中で非常に重要なものとなった。

受験シーズンは、受験に向けての『傾向と対策』を考えたり、『裏情報』が流出して.....情報交換したり。
クラブという中だけでスキーをやっていると、どうしてもスキーの幅が狭くなりがち.....それを広くするために.....このスキー仲間は本当に大切である。

スキースポーツは個人スポーツであったりしますが、やはり仲間と「わいわい」やるのが無くては.....。

第1回目の指導員養成講習会及び第2回目の指導員養成講習会ともに指導種目を中心に行われました。昨年3つ(プルークボーゲン・プルークターン・基礎パラレル小)も指導種目を落とした私としては、指導種目は是非みっちりとトレーニングしたいところ。

講習会の講師の話は1997-1998シーズンと基本的には一緒(教程等が変わっていないので当たり前かも知れませぬが....)でした。

1997-1998シーズンは失敗しているので、一度種目を全部忘れて再度種目について理解を深めていこう.....と考え望む。大事なことは
「プルークボーゲンからダイレクトにパラレルターンへ結び付けること」。

この準指導員検定をやっていると『呪文』のように繰返される言葉。この言葉をどのように理解するのか。

1998-1999シーズンの指導員養成講習会が終了した時点では、1997-1998シーズンよりも『呪文』についての理解が深まったと思うし、求めているものに自分の理解が近づいているような.....気がした.....気がしただけだったら(屍)。

まあ、なにはともあれ指導員養成講習会が終了した時点では、1997-1998シーズンよりも手応えが合った......ような.....そう、そんな気がした。
| comments(0) | trackbacks(0) | by ともぞう とか めっく とか
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