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サイトの説明
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昔に作っていたサイトでは「このサイトに迷い込んでしまったアナタ、ご愁傷様でございます。」と始まった説明文の趣旨は、今も変わらず。

スキーを中心に、日々私の周りで起きていることを書き綴っています。

事故紹介は.......いや自己紹介はテキトーですが、まあ案外真面目にスキーに取り組んでいますが、なかなかスッパリとした滑りが出来ずに日夜悩んでいます。

でも、

自分が下手っぴなのを自覚して、天気とシチュエーションに助けられてクリティカルな滑りができた時のシアワセな感覚.......1シーズンに1回でもあれば、私はそれで満足であるということで。

そんな気持ちをこのブログを読んで下さるヒト達と共有することが来たのであれば、私はそれも満足であると思っています。

それでは、皆さんに「スキーなシアワセ」が訪れること願い。そしてシアワセなスキーのシチュエーションに出会えることを祈って。

−−−

一応、見やすいようにと思ったりして、カテゴリを分けてあります。なんとなく基礎スキーっていう感じですか。

技術選とかいう大会をメイン(地区大会ですが)に、シーズンを送っていますので、その体験記と、これまで取得した資格とか、三角とか(をい)

まあ、参考に.......はどうか分かりませんが、参考になったら嬉しいです。

ちなみに、技術解説系は得意としていませんので、「ああこんな雰囲気なのね」くらいの軽い気持ちで読んでいただけると、私が喜んだりします。

それでは、ごゆるりと。


| comments(0) | trackbacks(0) | by ともぞう
自己紹介
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昔、ブログではないウェブサイトを作っていた時には、開設当時の小さな写真を掲載していたけれど。

ゲーノージンでもあるまいし、写真なんて‥‥と思ってみるけれど。

書いているヒトのイメージがあったほうが読みやすいのも確かなんだよね、と思いを巡らせていたところ。

嫁さんが「この漫画のキャラクターがアンタにそっくり」とノタマウものたから、掲載してみました。

スキー場でこんなニンゲンを見かけたら、そりは私。

って、漫画自体がスキーをイメージしているものではないから無理ですが(をい)
| comments(4) | - | by ともぞう
事故紹介(え?)


一応スキー関係なので私のスキー歴.....2010.5.25 up

1984-1985シーズン
にて初めてスキーを履く。場所は「赤倉温泉」。ボーゲンボーゲンなスキー。母校の先生に教えてもらう。師曰く「こねくっちゃかっぁぁぁん(訳:足を捻ってはダメ)」という言葉が印象的。師は15年後のカービングスキーが登場することを予想して「ひねり」を重視せず、「傾き」を重視した模様....本当か?。

1988-1989シーズン
に2回目のスキー。友人と3人で「おんたけスキー場」に行く。滑られなかったが楽しかった記憶があるが、雪まみれだったような気がする。

翌年からどっぷり「スキー狂」。年間20日から30日くらいの滑走日数をキープするも「突貫暴走スキーヤー」で回りのスキーヤーに迷惑をかけることしばしば....皆さんゴメンナサイ。影響を受けたものといえば当然「私をスキーに連れてって」。

1991-1992シーズン
にて初めてSAJの指導員の方に教えてもらう機会を得る。そのシーズンに「おんたけスキー場」でバッチテスト2級を受験するもあえなく玉砕。

1992-1993シーズン
にてバッチテスト2級(クラブ内検定)&1級(やぶはら高原スキー場)に合格するも、シーズンの滑走日数が40日を越えたため「遊びすぎ」と判断され東京へ転勤となる。東京ではスキー仲間がいなかったので、年間滑走日数10日から15日程度となり「ちょっとスキーが好きな一般スキーヤー」となる。

1996-1997シーズン
にて、ひょんなことからスキークラブに入会。「スキー狂」再発。

1997-1998シーズン
、クラブの事情もあり準指導員検定に挑戦。今だから言えるが検定に対して「裏付けのない自信があり」合格するつもりでいたが、さすがに準指導員検定は甘くないので見事に玉砕。

1998-1999シーズン
にて、ザウスでの夏からのトレーニング&シーズン中にハードトレーニングで何とか合格。嬉しさよりも「ほっと」した合格であった。

1999-2000シーズン
は、2シーズン苦しんだ準指導員検定から解放されて「チャラスキー」にのめり込むつもりであったが、テクニカルプライズ(北志賀よませスキー場)に合格してしまいまたもや「意味不明な自信をつける」も某連盟の技術選予選にて全然ポイントが出なかったため、一からトレーニングをする決意をする。

2000-2001シーズン
で、このシーズンの一番の目標であった技術選予選にて、自分なりの目標をクリアすることができて「私って、もしかしてウマウマ?」などと、また勘違いをしてみる。その後の草技術選の成績をみるとソレが勘違いであったことを実感する。来年こそは....と思いオフトレに勤しむ。

2001-2002シーズン
で、技術選予選の当日のウォーミングアップ中に痛恨のケガをしてしまし、満足に滑ることが出来なかった......と書くと、体調万全であれば、それなりになったというわけでもなかろう。準決勝は肩がマッタク動かず棄権するというスキー人生最悪の日。まあこれも実力。そして、ケガも癒えぬまま正指導員検定に突入し、何の偶然なのか合格証を頂く。サンキュー。そして、例年の如く草技術選で凹むか.....と思いきや、それなりに滑られて、案外満足のいくシーズンであった。さて来シーズンもガンバルで。

2002-2003シーズン
でスキー人生において最速のシーズンインを11月初旬に天然雪で果たし。某技術選予選では、当面の目標を達成して久しぶりにスキーでの充実感を得た..........までは良かったが。その結果に気を良くした私はクラウン・プライズなどという、最終難関に挑戦することとして、あえなく玉砕×2を演じてしまった。楽しいシーズンであったと思えるけれど、新たなる目標も得られたシーズンということも思える。総じて見れば65点くらいか。

2003-2004シーズン
前年の最速のシーズンインの帳尻を合わすかのように、12月中旬になってやっと初滑りという、半ば諦めにも似た気持ちになるスタート。シーズンインが遅くて滑り込みも出来ていないのに、勘違いをしてしまったのが事の始まりで。なんだか調子の良いシーズンだと思って滑っていた私の結果は散々で、某技術選予選とかナントカ・プライズとか、どうにもならない結果を叩き出し、へろへろになってシーズンを終えることになる。スキーなんて.......と遠い目をしながらロボコン0点。

2004-2005シーズン
夏が暑かった割に、雪の降り始めが猛烈に遅くなったが、人工雪に群がるアリの一匹になって11月の末から滑る私。雪が少なかったことに比例して、十分な滑走時間はとれなかったけれど、オフのインライントレーニングの良いイメージのまま、技術選の地区予選に突入。成績はここ数年変わらずではあるが、滑りの方は納得が出来て満足。
その勢いで、昨年は永遠に無理かもね、と弱気になっていたクラウンプライズに挑戦し合格証をゲット。これもまた満足。
しかし、草大会で何年ぶりかのボロボロの成績で不満足。なかなか100点満点のシーズンは無いですな。

2005-2006シーズン
職場の再度の転勤命令により、地元の愛知に逆戻り。なれない地域でのスキー活動に不安を覚えつつ。
引越しとかで、満足なオフトレもできぬままスキーシーズンに突入。久しぶりの中部圏でのスキー活動が上手くできぬまま、移籍した地区連盟で技術選出場。
とりあえず「まあまあ」と思われる成績だと思うのですが、自分的に納得ができずに、シーズン終了。
終了間際に遊んだポールが面白くて、チョッピリ来年から.....と思いつつ指パッチン。

2006-2007シーズン
さて今年は頑張って滑っちゃうぞ、と夏の終わりに誓ったのですが、身内が病魔に倒れて年内はボチボチ滑る。そして、滑走量は少ないけれど調整はそれなりに上手くいった(ハズ)の大会では......前日に大会会場で練習していたところに不幸な連絡が入り、一目散に帰ってみる。
まあそんな感じのシーズンでした。不完全燃焼とか、そんな感じではなく、人生には色々あるんだな、と思った次第。

2007-2008シーズン
前シーズンにあまり滑走できなかったこともあり、年末に久しぶりの北の大地である北海道はルスツリゾートにプチ長期滞在して、久しぶりの閃きを貰ったので、今シーズンは頑張っちゃうもんね、と思って大会に臨むが........アレだ。
全くもってスキーがやりたくなくなったので、冬なのに雪山に行かずにブラブラ。
まあ、それでも友人に誘われて雪山に行くと楽しくて、来シーズンが楽しみな状態。

2008-2009シーズン
アララという感じで東京に舞い戻ることになり、再度活動拠点は関東地区。昔なじみもあるので特にスキー活動は困らないのですが、某SAJの登録は愛知のまま移籍せず。理由は特になし(あ?)
さて頑張ろうと思っていたシーズンであったが、仕事が猛烈に忙しくなってしまい、スキーどころではなかった。ここ数年にしては極めて少ない滑走日数で、どうしかものかと思う感じのシーズン。

2009-2010シーズン
年内に滑ることなく、年が明けてからの初滑りとなったこのシーズン。これまでエントリーしてきた某地区予選参加は断念してフリースキー。
行ったことの無いスキー場(蔵王、白馬乗鞍&コルチナ、ホワイトバレー、妙高とか)や行ったことはあるけれど記憶の彼方のスキー場(赤倉温泉、岩岳とか)に行って、いろんなゲレンデを堪能。
そして雪が豊富なこともあって、久しぶりに5月に入っても新潟で滑走。そんな充実したシーズンと振り返ることができて満足。

20010-2011シーズン
なんとなく始まったシーズン。堕落して始まったシーズン。仕事が忙しいと言い訳しながらのシーズン。実際忙しかったのは事実だけれども、結局言い訳ばっか。やだねぇ大人って。
とにかく、適度に滑っていたある日。鬼コーチ(嫁)が、なんでもない緩斜面で他人と接触。前を滑っていた私は瞬間を見ていなかったけれども、大丈夫?の問いかけに、一言「だめ」と。まあそんなことがありました。んな訳でシーズンは終わりだなぁ、と思っていた矢先に悪夢の3.11。いろんなことを思ったシーズンでした。はい。


そして今に至るのであります。
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